サピックス小学部の算数科講師として、20年以上にわたって主に4~6年生を担当してきた渕貴子(ふちたかこ)先生。現在は家庭教師として中学受験生に算数を教えています。また、自身が中学受験をするだけでなく、2人の子どもの中学受験も経験。講師と親、両方の観点からサポートする姿勢に、受験生からだけでなくご家族からも信頼が寄せられています。
渕先生が受験生やご両親と一緒に中学入試を目指すなかで大切にしているのはどのようなことでしょうか。中学受験算数のおもしろさや克服のポイント、受験生やご家庭へのメッセージと一緒に聞きました。
算数科講師の経験と子ども2人の中学受験の経験を活かして、中学受験生とご家庭のお手伝いをしたい
まず、差し支えなければ20年以上勤務したサピックスをご退職になった理由をお聞かせいただけないでしょうか。
渕先生:サピックスに不満があって退職したわけではないんです。実はサピックスの前に別の塾に就職したのですが、そこがとにかく売上ばかりを追うような塾でした。子どもたちの学力向上や勉強することの喜びは二の次で、常にノルマに追われているような環境だったんです。その環境にどうしても馴染めず退職して、次に就職したのがサピックスでした。
サピックスは前にいた塾とはまるで別世界。「子どもたちの学力向上のためにはどんな授業をすればいいか?」ということに集中できる環境でした。20年以上授業をしてきましたが、素敵な生徒さんや保護者の方と一緒に中学入試を目指した時間は本当に幸せだったと思います。
ただ、子ども2人の中学受験を経験するなかで、集団塾の講師として授業をするだけでは見えづらかった2つの点がはっきりと見えてきてしまったんです。それでかなり悩んだのですが、サピックスを辞めることにしました。
家庭教師になったのは、その「はっきりと見えた2点」が理由ということでしょうか?
渕先生:はい、そうです。まず、2人の子どもと中学入試を目指すなかで改めてわかったのは、中学受験の世界はご家庭がやるべきことのウェイトが大きすぎるということです。塾では授業を通じて生徒さんたちに教えることはできますが、復習などのフォローは家庭に委ねられています。ただ、「どうすれば効率的に復習できるか」「どこからどこまでを学習すればいいか」の判断が難しく、困惑することが多くあるのです。実際に中学受験塾で仕事をしている私が悩むぐらいなので、一般的なご家庭はかなり悩んでいるのだろうということは容易に想像できました。
また、学習内容の面でも、集団授業だけでは手の届きづらいところがどうしてもあります。一般的に塾の授業は設問を読んでから解答するまでの道順・道のりを論理的に説明するものになりがちです。もちろん、この方法を否定することはできません。同じ教室内に算数の得意な子と苦手な子の両方がいる状況で、ある程度効率的に授業を進めるためには仕方ないことだとも言えます。
しかし、生徒さん一人ひとりがそれぞれ手探りをしながら「この問題を解くにはどこに糸口を見つければいいのか」「どんなふうに作業すればその糸口を見い出せるのか」を考えられるようにしてあげるのが集団授業では難しいのです。
中学受験全体についてのサポート、そして集団塾では手の届きづらい学習面のサポート。これからは、この両面から受験生とご家庭のお手伝いをしていきたいと考えて、家庭教師になることにしました。
算数のおもしろさは「謎解き感」があること
算数の先生になったのはなぜでしょうか。
渕先生:おこがましいかもしれませんが、昔から「説明をするのがうまいね」と言われることが多かったんです。たとえば、私が誰かに「あの映画がおもしろかったよ」という話をしたとしますよね。そうすると、たいてい「どんな映画?」と聞かれます。そこで「こういう話だよ」とかいつまんで説明すると、聞いてくれた友だちに「すごくわかりやすかった!」と言ってもらえることよくありました。こうした経験から、算数が好きだったこともあって「先生になってみようかな」と考えるようになりました。
また、私が中学受験をしたときの算数の先生が本当におもしろく、わかりやすく教えてくださったことも影響していると思います。その先生は女性だったのですが、惚れ惚れするような解き方ときれいな板書で教えてくださったんですね。私はいつも「かっこいい! 私もこんなふうに解けるようになりたい!」と思いながら授業を受けていたことをよく覚えています。こうした経験は算数の先生になる原体験になっているような気がします。
中学受験の算数のどのようなところにおもしろさを感じますか?
渕先生:丸腰で問題を解いていくところですね。中学生になると算数が数学に変わり、方程式という非常に便利なツールを手渡されますよね。いっぽう中学受験の算数はなにも持たずに問題に挑戦するわけです。ただ、なにか特別なことを知らなくても、考えることや工夫することで解けるんですね。
たとえば、「鶴と亀が合わせて30匹いました。脚の数を数えたら80本でした。鶴と亀の数を答えなさい」という問題が出たとします。こういうときに、「鶴が30羽で亀が0匹だったら足の数は60本だよね。鶴が29羽で亀が1匹だったら? 鶴が28羽で亀が2匹だったら?」と書き出していけば、「つるかめ算」を知らなくても解けないことはないんです。(答えは「鶴が20羽」「亀が10匹」ですね)
こんなふうに「もしこうだったらどうだろう? この場合はどうだろう?」と考え、工夫しながら謎を解いていくのが算数のおもしろさだと思います。そして、自分なりのやり方で挑んでみて、謎が解けたときの快感を味わってほしいなと思っています。
ありがちなお話になりますが、中学受験生は12歳。その後の人生のほうがずっと長いんですよね。その長い人生を生きていくには、「もしこうだったら?」と考えて自分なりの答えを出していく力が必要だと思います。算数はその力を養うことにつながるのではないでしょうか。
算数の反復練習をして伸びる子と伸びない子の違い
中学受験の算数には難しさもあると思います。どのようなところだと思いますか?
渕先生:おもしろさの裏返しでもあるのですが、自分で頭を使って工夫しないと解けないことですね。特に最近の入試問題は、受験生に頭を使わせるものに変わってきました。別の言い方をすると、ただパターンを暗記するだけ、訓練をするだけでは解けないものになっているのです。もちろん、「つるかめ算」「通過算」「植木算」など、基本的なことは身につけなければなりません。ただ、それを覚えるだけでは解けないんですね。
そうだとは言え、反復練習しなければいけないこともあるのではないでしょうか?
渕先生:もちろん、反復練習は大切です。その反復の仕方に算数克服のポイントがあります。
反復練習をすることで成績が伸びていく子は、設問を読んでから答えを出すまでの糸口、道順を毎回しっかり確認しています。たとえば以下のような過程です。
設問を読む
↓
どうやって解けばいいんだろう?
↓
答えを出すための糸口はこれになりそうだな
↓
そうだとすると、こういう図を書いてみるといいな
↓
そうするとこれが発見できるんだ
↓
だから、これが答えだ
このように、伸びていく受験生は、答えを出すまでの工夫も含めて反復しているのですね。
いっぽう反復練習で伸びていかない子は、「これを計算すると、この数字が出る。だから、これが答え」というように、覚えたやり方に当てはめて答えを出そうとします。こうして「算数はやってもやっても成績が上がらない!」ということになってしまうんですね。
私はよく自分の子どもたちに「あなたよりも学年が低い子に説明するつもりで、問題の反復練習をしてみよう! その子が理解できるような説明を最後までできれば、その問題はしっかり自分のものになっている証拠だからね」と話しています。このように反復練習するときに、頭のなかで誰かに説明するかのように解く練習ができる子はどんどん力をつけていきます。
授業では答えをギリギリまで教えず、迷ってしまったときに抜け出す方法を考える力をつけたい
家庭教師として、どのような方針で授業をしていますか?
渕先生:もっとも意識しているのは、問題に迷ってしまったときにどう抜け出すかを見せてあげることです。問題を解くときは、「先生」と呼んでいただいている私たちでも「どうやって解けばいいのかな?」と迷うことがあります。すべての問題を1秒の迷いもなく解き進められる人は、そういるものではありません。問題を解きながら迷うのは悪いことではないんですね。
大切なのは、迷ってしまったときに迷路から抜け出す方法を考える力です。ですから、受験生が問題に迷ってしまったときは正解を教えるのではなく、受験生本人の頭が動き出すギリギリのヒントを出しながら、可能な限り自分で答えを出すのを待つよう意識しています。
集団授業では難しい授業スタイルですね。いつごろからこのような方針になったのでしょうか。
渕先生:はっきりとは覚えていませんが、私の子ども2人と中学受験に向き合っているころには、この方針でフォローしていました。当時、私はサピックスの講師として集団授業をするいっぽうで、家では子どもに算数を教えていたんですね。
あるとき子どもがこんなことを言いました。「お母さん、どうして教えるの? せっかく自分で考えているのにゲーム終了じゃん」。
こうした経験からわかったのは、自分で問題を解きたい子どもにとって解説を受けるということは、ある種の「敗北感」につながるということなんです。私自身、算数の「謎解き」がおもしろいと考えているのに、子どもに「教えよう、教えよう」とするのは真逆のことをやっているなと気付くきっかけにもなりました。
もちろん、教えなければならないこともありますし、授業を進めなければならないこともあります。ただ、やはり可能な限り待つ意識を持って、授業をしたいと思っています。
中学受験生と保護者にメッセージ
最後に、これから中学受験に臨むご家庭や中学受験をするかどうか迷っている方にメッセージをお願いします。
渕先生:2人の子どもが中学受験をするかどうか考えていたときに、私が話していたことがあります。それは「中学受験をしない小学生」と「高校受験をしない中学生」のどちらのほうが自分にとっていいか考えるといいよということです。
少しわかりづらいかもしれませんね。
一般的に言って、私たちには最低1回はどこかで一所懸命勉強しなければならないタイミングがあります。(その是非はここでは問いません)
中学受験をするのであれば小学生のときに一所懸命勉強しなければなりませんし、高校受験をするのであれば中学生のときに一所懸命勉強しなければなりません。
逆に言えば、中学受験をした小学生は中学生・高校生になってから比較的自由な6年間を満喫できます。いっぽう、中学受験をせず高校受験をするほうを選ぶと、小学生のときには自由な時間があるものの、中学生のあいだは勉強に打ち込まなければなりません。
どちらにも自由な時間があるのならあまり変わらないようにも感じますが、私はそんなことはないと思うんですね。
中学受験をせず小学生のうちに自由な時間を持てたとしても、12歳までの小学生であることを考えると、どうしても親の目の届く範囲内で楽しむことにならざるを得ません。いっぽう、中学生以降に自由な時間を持てれば、肉体的にも精神的にも成長しているため、少し親から離れてなにかを楽しむことができます。つまり、中学生・高校生の時代の「自由度」「充実度」がまったく異なるんですね。
こんな話を子どもたちにしたところ、2人とも「小学生のときに中学受験をがんばる。高校受験をしない中学生になって友だちと楽しむことに時間を使いたい」と答えました。実際、友だちと釣りに出かけたりライブに出かけたりと、充実した毎日を送っています。
もちろん「中学受験をしたらその先は勉強をしなくていい」ということではありません。私立中学に進学するからには、学校の授業・課題にしっかり取り組む必要があります。ただ、比較的余裕のある自由な時間を過ごせる可能性があるんですね。
「中学受験をしない小学生」と「高校受験をしない中学生」のどちらが正しいかを一概に言うことはできません。ただ、こうした違いを考えたうえで、中学受験をすることを選んだのであれば、ぜひがんばってほしいなと思います。
渕先生は一緒に算数を学習する生徒さんを募集しています!
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