「5年生になってから、完璧ではないにしても本人はがんばっているはずなのに国語の成績が伸びません」
「いままではなぜか国語は点を取れたのに、5年生になってから成績がだんだん下がっています」
こんなご相談をいただくことがよくあります。5年生に入るころから5年生後期かけて、同じようなお悩みを抱えるご家庭が多くなるようです。
こうした状況になると「学力が下がったのではないか?」と不安になってしまうのも無理はありません。ただ、家庭教師の体験授業時などに詳しくお話をうかがい答案を拝見してみると、「他者との比較による偏差値ではなく、絶対値としての国語力は下がっていない。おそらく以前と比較して上がっているのではないかなあ」と感じることもよくあります。
それでは、なぜ成績が伸びない、あるいは偏差値が下がってしまうのか……。
それは「中学入試が求める力を身につけられていない。あるいは、追いついていないから」だと考えます。
今回は5年生になって「国語の成績が伸びない」あるいは「国語の偏差値が下がっている」という状態になってしまう理由と、ご家庭でやりがちなNG対策、成績・偏差値を立て直すために意識したいことを紹介します。
中学受験の国語で5年生以降に起こる変化
国語では5年生以降どのような変化が起こるのでしょうか。以下に挙げるポイントは、中学入試が受験生に求めることを考慮すると自然な変化と言えます。
本文の難易度・抽象度が上がる
まずは本文の難易度や抽象度が上がります。
物語的文章や文学的文章であれば4年生あるいは5年生に入ったぐらいまでは、基本的に比較的単純な心理描写が描かれていました。登場人物も受験生本人と比較的近い立場、つまり小学生であることが多かったはずです。
また、人物像や舞台の説明の仕方も変わります。4年生や5年生のはじめのうちは文章のはじめにまとめて書かれていたこれらの設定が、文章の途中で小分けに描かれるようになるのです。
もう少し難しい文章になると、人物の行動の意図や心理が文章の後半になって明かされるというような構成になることもあります。さらに比喩や象徴が多用される文章が出されることも珍しくありません。
説明的文章の難易度も上がります。4年生までは受験生本人の比較的身近について説明されること多く、5年生前期は受験生本人の周囲から少し離れたところにあるものについて説明されることが多いはずです。
ところが、5年生のある時期からは受験生本人が考えたこともないようなことについて論じられた文章を読むことになります。言い方を変えると、本文中で論じられるテーマが「具体的にイメージしやすいもの→抽象的でイメージしづらいもの」へと変化していくということです。

「子ども向けの文章から、大人が読む文章に変わっていく」のだと考えるとわかりやすいかもしれません。
記述量が増える
5年生になると、記述問題が複雑化していきます。たとえば4年生までは、このような構成で答えられる問題が多く出ていました。
【要素①】気持ちの背景×1
【要素②】きっかけとなる出来事やエピソード×1
【要素③】最後の気持ち×1
「背景」「きっかけ」「気持ち」が各一つずつの単純な心理構造です。
これが5年生になると、たとえばこのように変わっていきます。
【要素①】気持ちの背景×1
【要素②】きっかけとなる出来事やエピソード×2
【要素③】最後の気持ち×2
このように「きっかけ」が二つ、「気持ち」が二つなど、心理が複雑になっていくのですね。大人は「人間の心理はそもそも単純なものではない」ということを経験的に知っているものですが、小学生にとっては非常に難しいものです。
もちろん、気持ちを問うものだけでなく、別のタイプの問題も難しくなっていきます。
身につけるべき語彙の量が大きく増える
5年生になると学習すべき語彙の量が増えていきます。「ことわざ」「慣用句」といったテキストや副教材、参考書に載るようなものはもちろんのこと、これらには載らないような言葉をどれだけ知っているかが得点を分けることになります。
こうした言葉の知識はストレートに語彙力を問うもので得点するために大切であるだけでなく、選択問題や抜き出し問題を解くためにも必要です。たとえば、こんな問題が出たとしましょう。
「中西さん、あしたの昼休み、図書室にいかない?」
わたしに悪いことをしたと思ってそう言ったのだろうかと、ちょっと思う。でも言ったのは秋本さんで谷口さんじゃない。わたしがひとりでいたからかわいそうに思ったのかも、と思い直す。わたし、かわいそうじゃないのに。
そうしたら、「谷口さんは、昼休みは秋本さんたちといっしょでしょ」という言葉が出た。
(石井睦美「もし、学校生活が砂漠化してしまったら」)
この本文の黄色線部のときの「わたし」の気持ちが問われたとします。前後の文脈がないのでわかりづらいかもしれませんが、「わたしがひとりでいたからかわいそうに思ったのかも」が答えの根拠の一つだったとしましょう。
この場合、4年生や5年生前期では、選択肢のなかに本文のままの言葉「かわいそう」があることがよくあります。ところが、5年生のある時期ぐらいから、本文中の「かわいそう」が類義語である「同情」言い換えられて選択肢中に書かれるようになるのです。
つまり、本文の内容を理解するだけでは問題を解けなくなり、いかに多くの言葉を知っているか、それらを結びつけているかが重要になるということになります。
5年生で伸び悩む本質的な理由|なぜ成績が下がってしまうのか
5年生になって国語の問題が変化していくなか、偏差値が伸びない、偏差値が下がってしまうのはなぜなのでしょうか。
感覚的な理解ではなく論理的な理解が求められる
「4年生とか5年生の前期までは、なぜか国語だけは勉強しなくても解けていたんです」
「いままでなんとかついていけたんですが、5年生後期になってからついていけなくなってしまって……」
この記事の冒頭に書いたこととほとんど同じですが、このような声を聞くことはよくあります。
一般的な話として、4年生までの延長である5年生前期ぐらいまで「なんとなく読める、なんとなく解ける」という子は少なくありません。ただ、5年生後期になると、この「なんとなく」でどうにかしてきた子たちが急に解けなくなっていくことがあります。「なんとなく」が通用しなくなってしまうのですね。

お子さん本人の「国語の才能」によっては、「なんとなく」で6年生前期ぐらいまで通用してしまうことがあります。この場合、6年生9月以降に「なんとなく」が通用しなくなってしまったこと明らかになることもあるのですが、ここから論理的な読み方・考え方を学習しようとしても入試に間に合わせられなくなってしまいかねません……。
「なんとなく」の子に代わって国語の成績を伸ばしはじめるのが、文章全体あるいは部分の文章構造を理解する学習をした子たちです。文章を「なんとなく」感覚的にとらえようとする子の成績が下がっていき、論理的にとらえようとする子がうまくいきはじめます。
もう少し単純化すると、「読解力の差が目立ちはじめる」と言ってもいいかもしれません。
精神的な成長が求められる
5年生になると、社会を生きる人としての精神的な成長をうながすような文章が取り上げられるようになります。
たとえば、「病気」「命」「貧困」「戦争」「紛争」「障害」「差別」「同情」などなど、文章のテーマも描かれる状況や感情も、4年生や5年生前期ぐらいまでには見られなかったものになってくるのですね。
ただ、これらは社会を生きる大人であれば、ある程度は考えたことのあることなのではないでしょうか。中学受験生は5年生のある時期から、精神的な成長を求められるものなのです。
自分とはちがう状況や感情について、いかに想像し、いかに理解していくか。これができる受験生が5年生以降に偏差値を伸ばしていきます。

こういったお話をしていると、「そういう難しいことではなくて、テクニックで点を取れるようになりませんか」といったことを、ごくごく稀にですが言われることがあります。ですが、これは無理な相談です。たとえば、貧困に苦しみ、給食のパンを毎日持ち帰らなくてはならない状況にいる人の気持ちを一度も想像したことのない子は、似たような状況について描かれた文章をテクニックで解くことはできません。
このようなご要望を聞いたときに思うのですが、お子さんに中学受験の道を歩ませると決めたとき、入試さえ突破できればいいと考えたわけではないと思います。「中学受験を通して人として成長してほしい」と多くの保護者様が願ったのではないでしょうか。
ご家庭がよくやってしまう誤った対応
これは5年生に限ったことではありませんが、成績・偏差値が下がってきたときにご家庭がやってしまいがちな誤った対応があります。
大量の読解問題を解かせる
まずは「読解問題を大量に解かせること」です。
サッカー元日本代表の本田圭佑さんの「量をやってないやつに、質を語る権利なし」という言葉は有名です。本田さんは幼少期からサッカーに打ち込み、毎日の練習内容から睡眠時間、体重、食事の内容まで記録した「本田ノート」を何十冊も書いた選手です。そんな本田さんの言葉は非常に重いと感じます。もちろん本田さんでなくても、成功している多くの方々が、大量のトライ&エラーを繰り返してきたことは想像に難くありません。私は中学受験生の学習をお手伝いしている立場ですが、成功している子の学習量に目を見張ることも少なくありません。
ただ、「とにかくたくさん問題を解けば、あとから質はついてくるのだな」と早合点してしまうのも考えものだな……とも思います。
中学入試本番は6年生2月には間違いなくやってきます。新4年生から学習をスタートしたとすると約3年ありますが、思ったより時間は残されていません。新4年生スタート時点で中学受験に対応できる力がほぼなかったとすると、できるだけ質を高めた学習がどうしても必要です。質を高めるためには、正しい(とされる)学習をすることが大切になります。本田圭祐さんの先ほどの言葉も、監督やコーチのサポートもない小学生を想定したものではないのではないでしょうか。
読解問題を解くためには、本文の読み方や設問の読み方、選択肢の選び方、抜き出し問題の解き方、記述問題の書き方などなど、たくさんのことを学ぶ必要があります。こうしたことを学習しながら、じっくりと一つの読解問題に取り組むことが大切です。ただ闇雲にたくさんの読解問題を解いたとしても、思ったような学習効果にはならないと考えていいでしょう。

ある程度の学習量はもちろん大切です。
でも、質を意識した学習はさらに大切です。
偏差値を叱責材料にする
ついやってしまうのが、偏差値を見てお子さんを叱責してしまうことです。お子さんにしてみれば、「どのように読めばいいかわからない」「どのように解けばいのかわからない」から解けないのであって、できないことを責められても「それじゃあ、どうしたらいいの?」と不満を覚えてしまいます。
また、仮にご両親から見て「うちの子はがんばっているとは言えない」と感じたとしても、そもそも「どう読めばいいかわからない、どう解けばいいかわからないからがんばれない状態」なのかもしれません。
いずれにしても、偏差値を見て叱責することは根本的な解決になりません。それどころか、何より大切な親子関係にひびが入ってしまう可能性もあります。
偏差値を見て、感情的に子どもを叱りつけることだけは避けたいですね。
5年生の変化に対応するために家庭で取り組むべきこと
5年生後期に入って文章や問題の難易度の変化に対応するには、どうすればいいのでしょうか。大切なことは「なんとなく」で読めているうちに、あるいは解けているうちに、論理的な読み方や解き方を学習しておくことです。
・文章を論理的に読む(文章の構造をつかむ、接続語や指示語の役割を学んで活かす)
・問題を論理的に解く(設問を正しく読む、設問の条件に気付く、ヒントをつかむ)
・正しい選択肢を見つける(選択肢から正解を「選ぶ」ではなく「見つける」イメージ)
・正しく抜き出す(抜き出し問題を解くためのヒントをつかむ)
・記述問題で得点する(本文を正しく理解して表現する、加点・減点のポイントに注意する)
「本文を読む→設問を読む→どのように考えれば問題を解けるのかアプローチを考える→本文を確認して理解する→答えを出す」
5年生後期に備えて、できるだけ早いうちにこうした一連の力を身につけておきたいですね。
5年生で偏差値が下がってしまうのは才能や能力の問題ではなく、国語という教科の構造が見えていないから
4年生や5年生に入るぐらいまでは「なんとなく」で解けていた受験生が、5年生のある時期から偏差値を落としてしまう。それは才能や能力の問題ではないと私は考えています。そうではなくて、「国語」という教科の構造が見えていないからです。
中学校が求めているのは、論理的に問題を読み、論理的に考える力です。「人の気持ちを論理的に考えることなんてできる? もっと感覚的なことなのでは?」と疑問も浮かんでくるような気がします。確かに人の感情は論理通りに動かないし、「なんとなく、そんな気がしたから……」というようなこともよくあります。
ところが、中学校(もちろん、高校も大学も)が求めているのは感覚的なものではありません。「ここでこういう行動を取っているということは、こういう感情だったのだろう」と論理的に推測する力を求めています
「国語」という教科のこうした構造が見えてしまえば、あとはいかに論理的に文章をとらえていくかということになります。言い換えると、論理的に物事を捉える練習をすればいいわけなので、5年生で偏差値が下がってしまっても遅くはないのですね。
ただし、5年生での偏差値低下をそのまま放っておくと、6年生でかなり苦しくなってくることが予想されます。これまで「なんとなくこれが答えでしょ」で何とかしてきてしまったため、厳密な読み方、精密な読み方が求められる6年生後期の問題や入試問題に歯が立たなくなってしまうのです。

私は大手進学塾で多くの生徒さんと一緒に学習しましたが、脅しや煽りではなく、本当にそういった姿を見てきました。
5年生は、これまで「なんとなく」で国語を解いてきた子たちが論理的な読み方・解き方にシフトしていくことが求められるタイミングです。
まとめ
5年生で国語の偏差値が下がってしまうのは、国語の学力が下がったのではありません。論理的に読み、論理的に解く力――つまり「読解力」の差が見えるようになっただけです。
論理的に本文を読まず問題に太刀打ちできなくなってしまったことが6年生になってから露呈したとしたら、問題は大きくなります。そう考えると、5年生のうちに偏差値が下がるのはむしろいいことだと考えることもできるのです。
5年生に入ってから国語の偏差値が下がってしまった、我が子なりにがんばっているのに偏差値が上がらない。こんなことが起きはじめたら、論理的な読み方・解き方の意識的な学習をスタートするといいのではないかと思います。


